羊ヶ丘展望へ散歩

コロナ禍の最中ですが、展望台は入場無料のせいか、次から次へと車が入っていきます。たまに私みたいに、歩いて入っていく人もちらほら。クラーク像のところは写真に収めようと人だかりです。キッチンカーも泊まって、ランチを提供しています。賑やかな土曜日の午前でした。私はソフトクリームを買い、記念写真を撮り、ジャガイモを家人の分も持って帰りました。

 

オンラインヨガレッスン

6月初めから無料オンラインヨガレッスンを始めました。解散以降、あってない人と会えて、また札幌を超えて、オホーツク地区、新潟、時々ですが愛媛とかオンラインの時空を超えた能力に感心します。

そして9月からは有料になりますが、気軽にヨガに接してください。オンラインのメリットは何と言っても出かけなくてもいいということです。それにほとんど見られていないので、できなくても恥ずかしくないことです。そして人と話し合ったり、情報交換できるということは素晴らしいことです。

9月のカリキュラムは掲示板に発表していますが、ヤマニヤマ のところは沖正弘先生の語録をこれからテーマにしていくつもりです。

オンラインヨガレッスン15
目をリラックスしよう(瞬き、視点移動 、etc)
沖先生の語録:ヨガとは何か
 一番基本になっている心というものを養い、高め、強め、清めるには、一体どういう体を作ればいいのかということから、体の訓練がくっついとるわけ。心だけのやつを「修養」というんだ。体だけのを「修行」という、生活だけのを「修業」という。これを全部合せてのヨガ、わかるね。
だから、そこが普通の肉体訓練とは違う。普通の肉体訓練は、心とか生活から離れておるのが大半なのよ。それを唯物的と、こういう。心だけのを唯心的という。唯物だけでも困る。唯心だけでも困る。一緒にしたものがヨガ。(沖正弘選集13_p2Q&A)
1(心がまえができると体をていねいに扱うことができる)
アサナ:体を楽にするテーマ:ほぐすことの大切さ
  五感を通して内部感覚を意識する
 半月のポーズ(内蔵の強化/ヘルニア調整)
 バッタのポーズ(脊椎下部調整・膝強化)
  大切なことは自分の体を観察する習慣を持つこと。
2(体が整うことで呼吸が楽になる。)
 プラナヤーマ:発声体操
      (肺機能高める呼吸法です。)
 3(体と呼吸が整うことで心が素直になる)
ディアナ:ソーハム瞑想法 (あなたと私)   <出所不明>
 吸う時 「ソー」 吐く時 「ハム」を心で繰り返す。
  私は太陽です。太陽は私です。
  私は空です。空は私です。
  私は宇宙・・
  私は花・・・。・・鳥・・。・海・。・山・。
  あなたは私です。私はあなたです。
  全ては一つです。すべてはつながっています。
宇宙創成の100億年前にビッグバーンであらゆる元素が均等に宇宙にばらまかれた。多くの銀河の元素組成はそのためによく似た構成になっている。
すなわち、私という存在の元素組成は山や川や鳥や太陽や空と同じなのだ。合掌
水野健二
「質疑応答」全文
  (沖正弘先生晩年のヨガ行法の中心はQ&Aであった。)
1301(沖正弘選集13_p2Q&A)(当時の雰囲気のままに言葉を訂正していません。)
 (ヨガ体操を行じながら、物理療法や漢方薬を併用してもいいのでしょうかという質問)<ヨガとは何か>
 あのね、ヨガはどんなものかというとね、精神修養が中心なんだ。それが出発だ。人間も動物の一種だけど、動物の中で心が優先しているのは人間だけ。人間以外の動物は体が優先している。いちばん心身の異常を作り出しやすい元になってるのは心なんだ。
わかるでしょう。
 だから、そういう心のための体の訓練がヨガの肉体的訓練になっているわけ。わかるね。どうしてそういう結論に達するかというと、自己を支配しとるものは、自分の中で働いている命の働きであるからである。
 他物に頼ってみても、自己の中の力が高まるわけじゃない。力というものは、使ったほど高まる。使わないほど弱まる。だから、例えば病気の場合でも、いくら他物に頼ってみたところで、自分の中にその他物を活用するだけの力がなかったら、「これは、こういう効能がありますよ」と言ったって、ある人にはあるかもしれないけど、そのもの自身に効能を引出すだけの力はない。
 例えば、ある人がいい話をしたとするね、その場合でも、百人集っている人が同じような受け取り方をするかというと、決してそうではない。その人の、いいかね、受け取り態勢、理解能力、その人の体験で、同じ一つの言葉の捉え方が違うだろう。それと同じこと。だから、他物は、頼らなきゃなん時は頼るべしだ。頼っていいんじゃない、頼らなきゃならん。ところが、多くの者は、今言った、己れの力を高め、整え、清めるという基本原則を忘れてしまって、他物にだけ頼ろうとする。それが、いいかね、人間世界への弊害を生み出している。
 他物に頼る学問というのは非常に発達しているんだ。医学なんてものすごく発達してるじゃない。治療法なんて、ものすごく発達してるじゃない。薬物学なんて、ものすごく発達してる。「もう要らん」というぐらいだ。「これでもか、これでもか、これでもか、これでもか」と、効能を並べ立てたものが毎日生産されている。
 ところが、本当の事を知らない奴は、その他物の効能に惑わされちゃうんだ。「これはこういう効能がある」って言うと、それがそのまま自分に当てはまると思っている。「そんなはずがない」て言ったって「そんなはずはある」と言う。だから救われない。
 ヨガはそういう愚かなことを言わない。他物に頼ってもいいから、まず、自分の頼る他物が最高の効能を発揮できるような自分を作ることを、まず第一番にする。他の人に「助けて下さい」と言っていいんだよ。しかし、他の人に「助けて下さい」という場合は、自分が出来るだけのことをやって、それから他の人に「助けて下さい」と言え。
 これは正しいんだ。「俺は俺の力だけで生きる」なんて言うてみたところで、それは不可能なこと。だから、ヨガは「正しい生き方をしろ」ということ。他物が必要な場合は、他物の協力を得るのが当たり前である。
 ところが、例えば、病気を専門に研究する医学と称しているものには、阿呆みたいなことをやってるじゃないか。薬を使ったって治らない病気に薬を使う。薬で治るんなら、皆んな薬のんでるものは、治ってるはずじゃないか。色々、薬をのんでみても薬で治らない、ということは、その人にとっては効力がないということよ。絶対に体はウソを言わないんだから。命が、「本当なら、この薬はあなたには効能がないんだけども、折角、一生懸命飲んでんだから、じゃ効能を出してあげましょうか。」とウソを言うと思うか。
「本当は、あんたはハリは効かないんだけども、お灸なんか熱いのを我慢してんだから、あんたの我慢に免じて、治るようにしてあげましょう。」なんて、やってくれないんだ。
 だから、いいか、沖ヨガ以外は全部ウソばっかり言ってる。沖ヨガの特色は、「絶対にウソを言わん」というのが特色だ。沖ヨガの場合は、絶対に他のものを否定しない。なぜかというと、それが必要な人には必要なんだ。先日も、こんな女にね、誰かくっつく男があるだろうか、と心配しておった女が、(俺は本当に嬉しく思うんだが、)「こんな男の嫁さんになる女がおるだろうか」と思っていたところで「結婚します」と言った「あー、一人の男を救ってくれた」と嬉しく思った。
 だから、否定もしない、肯定もしない。否定も肯定もしないという、いいかい、純白なる立場をとるから誤らなぃ。誰が何と言おうとも、いいものはいいんだ。誰が何と言おうとも、間違いは間違いだ。だから、ヨガにとっては学説は関係ない。知識も関係ない。民族別も関係ない。何にも関係ない。ヨガは本当のことだけを求める。
はい、次。
 (沖正弘選集13_p2Q&A)
このQ&Aを読んでいると、当時の沖ヨガ修道場や札幌での合宿講演会後の「質疑応答」の場面を思い出します。 大変緊張した時間でもありました。当然正座です。シーンとしています。道場ではあるときは100人〜200人くらい在籍していました。後ろの方では英語やスペイン語、中国語で訳しているグループがいます。
それを体験している我々は、札幌で合宿があると同様に緊張していました。スタッフだけ10~20名くらい集められ、「質疑応答」が始まります。車座になって、夜遅くまで続きます。終わるとラーメン買ってこいと言われ、大きな鍋を持って1時2時頃ススキノに車を走らせ、藻岩山にある、合宿所の東本願寺まで帰ってくると、かなりノビテています。一筋だけ沖先生は食べ、うまい美味いと言って、食べろ食べろというのですが、ノビテ冷えています。残したり捨てたりしたらまた怒られるので数人で美味しそうに食べました。
当時、北海道には門下生が10位のグループをつくり、沖先生の来道を機に講演会合宿をしていました。沖先生の千歳空港への送迎は全部私がやりましたので、ずいぶん個人的に接する機会があったのは恵まれていました。と、懐かしい思い出がこの「質疑応答」で湧いてきました。
最後にこの「沖正弘選集」は20冊以上有り、膨大なテープの中から「テープ起こし」をされたものです。ボランティアの皆様に感謝しつつ、引用させていただきました。合掌

コラボオンラインレッスン1を終えて

先日、新潟ー札幌間をオンラインヨガレッスンを行いました。参加者は恵庭、江別、訓子府、網走、上越、南魚沼、大阪の方々が、ご自宅からオンラインで結ばれて、講師の質問などに答えたり、講師の動きなどに合わせて90分を楽しみました。
普通、オンラインレッスンというと、顔を合わせた授業と比べて、極端に短いのが普通ですが、我々のオンラインはあっという間に時間が過ぎ、90分を過ぎてしまいました。
次回また企画しますので、沖正弘先生について関心ありましたら是非ご参加ください。

羊ヶ丘展望台にて

初夏の昼頃、久しぶりの太陽のもとで羊ヶ丘展望台へ行きました。数日前に年間パスポートを買いました。その時はぶらっと散歩の途中で思いつきで歩いて展望台の中をまあまあの距離を歩いて有名なクラーク像にたどり着きました。
今回はヨガポーズを写真に収めるためにカメラ三脚を持って車で入場です。
まだ自粛期間なのに、たくさんの車と人です。写真撮るとこないのにがっくりです。
それでも誰もいないところを探して、以下のポーズです。
前もそうだったのですが、動画収めるのは大変です。メモリーの制限があります。早送りではどうしても雰囲気が出ないので、今回少し工夫を入れました。ご覧あれ。
まず<聖人のポーズ>

<逆立ちのポーズ>

ーーー
<英雄3のポーズ>

<半月のポーズ動画>
2007hangetu_tenbou

<youtubeから>

このウィルス禍に思うこと

 私は朝は早起きです。夜はテレビを見ることが少なくなったのでしょうか、早く寝ます。いや年老いたからでしょう。
 いつもと同じに早く起きて、何気なく古い辞書を手に取りました。中から黄色くなった新聞の切り抜きとメモがパサリと落ち、しみじみと眺めていると、遠い昔が思い出されます。それは1967年の高校卒業式のメモとその説明の記事でした。その記事は後年ですが、メモの意味がよくわかります。
 そのメモと記事には「時代考験青年_青年創造時代」と書いてあり、台北市のレンガ壁の落書きだそうです。漢字の国らしく深い意味が当時の、この国に置かれた事情を表しています。

 「歴史の大転進期に直面している現代は青年を厳しく試験し、激しく追求している。果たして彼らが、時代の試練に耐え、その要請に応えうる実力を養いそだてつつありや否やと。他方、青年には明日の世界を開拓して、一段と人類社会の進化発展に寄与すべき責任が現存する、明日の時代は、今日の青年が想像する責任がある、義務がある。」
と、記事の中で筆者が解釈をしています。
 今21世紀の現代の中で、新型コロナウィルスの大きな問題、そして新たな香港問題、まだまだくすぶっている、中国・台湾問題。これらは50年前とほとんど変わらないことに驚きです。今やコロナ問題が余計に加わって、ますます、人間とは社会とは経済とはと考えなければならないことが山盛りです。その中で当時のような青年のエネルギーが少なくなってきているような気がします。
 安保時代の私にとって、当時は青年たちが社会に働きかける機運が多くありましたが今は何か寂しい気持ちです。青年が頑張っているのが香港だけです。

 ちなみにこの作者 湯浅八郎さんは当時、京都市教育委員長として高校の卒業式に来賓挨拶に来られました。湯浅八郎さんは長く同志社大学の総長を務められ、この記事からもわかるように国際基督教大学を創始され初代総長にもなった人です。

 朝のひと時、とても気持ちのいい時間を過ごしました。

・・書いていて、あれ、どこかでこれ書いたことあるな、と思い、このブログを「時代考験青年」で検索してみたら、「2009.04.09」にありました。関心があれば読んでください。

最後に湯浅八郎さんのこと調べていたら以下の詩がありました。とても深く感銘を受けましたので、ここに記させていただきます。
 湯浅は自身の生活信条を表す言葉として、次のような言葉を残した。
「 生きることは愛すること
愛することは理解すること
理解することは赦すこと
赦すことは赦されること
赦されることは救われること」
ーーーーー

桜を背景にヨガポーズ

朝早く起きて近くの森林綜合研究所敷地内の桜をバックにヨガポーズをしました。1万円で買ったビデオカメラ、十分働きます。このカメラは前にも話したようにアサナのチェック用ですがなかなか使い勝手が良いようです。一応毎日何かしら、体を動かしているので、久しぶりのお外ヨガは快調でした。
お家ヨガでは現在、情けない体の硬さの矯正に明け暮れています。まず時間をかけること、同じ動作で変化を確かめること、ベルトやブロックも使うこと、ですが、一筋縄では行きません。そんなことしていて思ったのは、関節が動かない、すなわちロックしていることがあります。靭帯が癒着しているような感じです。動かないしまた痛くないのです。これは今まで指導していてもよくありました。なんでと思うこともありましたが、自分の体もそうでした。まず時間をかけて、痛みが出てくれば少し前進です。関節の可動域の拡大は痛みが出てくるのです。初めは耐えられない痛さ。そして続けると気持ちの良い痛さに変化します。これで少しはマシになると思います。
ということで、動画撮影にチャレンジしましたので、ご覧あれ。バックは抜群でキレイです。

0504試験場3アサナ

0504試験場4アサナ

最後の研究会

現代になって初めてのパンデミックス(世界的大流行)がWHOから宣言され、その被害はどんどん大きくなっていきます。今は東京がオーバシュート爆発的感染の一歩前と言われている状況です。

さかのぼる2週間前水野ヨガ学院では最後の研究会を開催しました。というより「お別れ会」です。全員マスク、まだ寒い時期でしたが窓は解放して万全の防備をしました。時節柄、記念写真は取らないことにしました。次回会えることを約束して早々と解散です。誰かが今から飲みに行こうと言っていましたがスルーされました。若い人たちは元気一杯ですが私は、高齢者のため一発アウトです。生き延びるためにも外出禁止を心掛けます。
3月末で有限会社水野ヨガ学院は解散となり消滅しますが、名称を変えて、このブログは続いていきます。今の心境、ヨガのこと、学んだこと、伝えたいことがたくさんあります。どうぞよろしくお願いします。

そして古久根ビルのヨガ教室は33年前に戻りました。皆さまありがとうございました。
そして新たな一ページを目指して頑張ります。(2020年3月31日)

足指を大切に

「足指ヨガ」と称するセミナーの講座を開催しました。いつまでも二本足でさっそうと歩けるように、いつもは脚を鍛えることばかり意識が行きますが、一番下にある足、この足に気を配る人は少ないと思います。指が十分開くこと、足指の力が強いことポイントです。

足指が開くために足先を強く前に出して、すねと足の甲が一直線の状態で親指を他の指より手前、親指を前に出す動作を10回行います。足裏やふくらはぎがけいれんを起こしたりしますがめげずに続行します。次に足指を強く閉じて、手の指で開く、力比べを1、2指間、2、3指間、3、4指間、4、5指間行います。結構きつい作業です。そして足裏を叩いたりすると、初めの親指の出し入れがスムーズになることがわかります。

きっとこんな動きをしてから、レジュメのポーズを作ると下半身は安定すると思います。

 

「やさしいヨガ」

以下の資料は下記スポーツクラブでヨガ指導をしたときのレジメです。
担当の方からテーマは何にしますかと問われ、即座に「やさしいヨガ」と浮かびました。初心者向けのヨガではよくやさしいヨガと銘打っていますが、私はそうではなく,自らやさしくなってくださいという意味で使いました。

 フィットネスクラブ ライフステージ ヨガ参加者の皆様へ 2019.01.15

 野口三千三さん(野口体操の創始者)の言葉に<自分自身のまるごと全体の体の中身が優しさという生き物になりきったときすべての動きを易しく動くことができる。その感じは安らかで休まり癒される>というのがあります。外側からの優しさでなく、すでに存在している内から現れる優しさこそ本物で心身が癒されるのです。いつもそのような時間にしたいと思います。

 ヨガは心身のバランスであり、ポーズを作って心を整え、リラックスすることで体を整えます。5分間のヨガポーズでも効果はありますし、5分間のマンドフルネス(瞑想呼吸法)でもリフレッシュできます。

 姿勢を正しくすることはとても心身に重要です。姿勢は呼吸と同じように癖・習慣で作られます。気が付いたら姿勢を正し(坐骨で支え)、鼻で吐く、吸うを意識し、吐く息を長くしましょう。これだけで疲れも感情も内臓機能もととのうでしょう。

 体を動かす時には気持ちよく骨を動かしましょう。かけがえのない自分をほめながら、自分が大好きになることがリラックスのコツです。息を吐くと副交感神経が優勢でリラックスします。

ポーズの紹介(7年前に本を作った時の資料です。見苦しいところもありますが参考にしてください。)

ライフステージ_レジメ1701

7年前に出した本「体が硬い人のためのヨガ_basic編」の制作資料ですが、まずいポーズですね。今なら、年老いた今でも、レベルアップしていることに自信がつきました。えへん。

「ヨガは慢性的な腰の痛みに最適」

雑誌掲載されましたのでを転写します。雑誌は農業をリードする北海道の専門誌<ニューカントリー>です。
この雑誌は農家の方のための専門誌で、タイトル通りかなりの専門的です。目次を見るだけで技術、経営、農政、資材、海外事情・・と続きます。
技術も半端な知識でなく、大学や農業試験場の専門家が執筆しています。
その農家の健康特集に「自分でできる腰痛ケア」に掲載されました。

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