この拙文は2023年12月に行われた第39回沖ヨガコラボヨガセミナーの資料からです。交流会の質問は①いつどこで沖ヨガと出会い、学ぼうと思ったのでしょうか。②学んでいて本当に良かったなと思った時はどんな時でしたでしょうか。③⾃分が変化したなと思われた時はどんな時でしたでしょうか。④沖ヨガの「本当の幸せ」とは、どんな幸せなのでしょうか。新潟〇〇さんの質問でした。
① 1977 年札幌の朝日新聞社主催の講演会がありました。その時に仲間何 人かと聴衆の一人でしたが、終わってから研修生の後藤さんだと思う のですがもっとヨガを勉強したいと申し出たところ、朝日カルチャー 教室(当時)を新規開講するので指導者が必要と言われ、その後、沖 先生と面談して、3ヶ月道場に来なさいと言われました。そして指導 することがヨガを学ぶことであり、真剣勝負の場面を作りなさいと言 われました。 その時、大きな決断で、勤めていた会社を辞めて道場へ行くことにし ました。道場では当時なかったのですが、指導員養成のような特待生 扱いで沖先生の外部講演会などに研修生の人たちと同行させてもらい ました。沖先生の忙しい日々の生活を見る貴重な時間でした。車の中 ではほとんど口述筆記で沖先生が話しそしてそれを研修生が録音する ためのテープが回っていました。車内は緊張だけで雑談など一切あり ませんでした。沖先生のマスコミの取材ではテレビ局の駐車場で数時 間待つことも普通でした。 当時、道場では100人以上の受講生の中で哲学的なヨガを学ぶことに積極的な 人も 10人くらいいて、質疑応答の内容を咀嚼するために自己反省や これからの目標など話し合ったことが思い出されます。
② もともと、京都生まれかもしれませんが坐禅をする機会がありました。 た。またキリスト教の集会にも行っていました。心のあり方に興味を 持っていたと思います。また同時に体を動かすことが好きで、陸上競 技や山に登ったりしていました。沖先生の講演会では難しいなと思う 程度でしたが、道場へ行くと、体の訓練、心の訓練が並行して行われ ていることに感動しました。また同時に治病法や武道などが行われて おり、たまたま、武道の受け身がまあまあだったせいか、沖先生にモ デルとして前に出されていたこともありました。このように総合的に 訓練するというところに大きな関心を持ったと思います。道場の3カ 月を終えて即、近所にある合気柔術に入門したり、少し時間が空きま したが縁があって公益法人北海道治療師会に所属したりしました。 長々と経過を書かせてもらったのはヨガというジャンルが多様性であ ること、自ら学んでものにしていかなければならないことでした。 私はヨガの出発点がヨガ教師になること(生活がかかっていたので) から始まりましたが、ヨガの心は忘れたことがありません。ボランテ ィア活動もずいぶん行いました。初期には北海道連合会活動や老人施 設でヨガ指導など行いました。ヨガ指導をするまで社会人としての仕 事はどうしても部分の範囲の活動ですが、ヨガの範囲は広く人間が生 きていくのに必要なものはなんでも首を突っ込まなくてはなりませ ん。それを学ぶのが面白くてここまで来たのかなと思っています。
③ 昔の自分を顧みて恥ずかしくてとても見ちゃいられないところがあり ました。まず責任感の欠如は大きかったと思います。 高校時代のクラブ活動では会計係になってめちゃくちゃにしたことなどは 一例で、他にもありますが、個々に告白はやめます。 ヨガを学ぶにつれて、周りを広く見えるようになったこと、人の身に なって考えられることができる、そして尽くすことでしょうか。 徐々に責任感も少しは出てきたようです。その中で失敗もありますが それを踏まえて、ヨガ指導10年を経て法人設立、同時に先の 「北海道沖ヨガ協会」設立発起人、事務局長。多い時の北海道の 会員は全道(函館〜根室)11 教室 300 人の会員の時もありました。 それが全て沖先生の講演会、合宿につながっていきました。
④ 幸せの定義は広く、特に沖ヨガの幸せとはと、あんまり考えたことは ないですが「世界を見たときにお前は幸せか」と言われると何も言え ません。沖先生は国際奉仕団がヨガの発祥だったとよく言われていま した。困っている人、病気で病んでいる人を救う活動に徹していたと 聞きます。そしてまた、自分だけが幸せになってどうするんだ、と厳 しい言葉もありました。世界と言わず、地域であっても自分ができる こと、そして活動を通して互いに依存することなく、楽しく共に成長 することでしょうか。思いもしなかったことを探りながら思い出して いくと、沖先生の奉仕団でやりたかったことは、アフガニスタンで活 動して来られた中村医師のような活動ではなかったかと思います。医 師だけの仕事でなく、井戸や用水路などを作って、周りを幸せに、そ れも持続可能な幸せを作った人です。沖先生も世界中を回って「愛・ 調和・喜び・聖・・」などの講演と修正体操で病人を救っておられま した。 古い沖先生の写真でインドでの土木作業がありました。そう いった活動で周りを幸せにすると同時に自分も喜びを感じること、自 他一如の言葉をよく使っておられました。