除雪と排雪

北海道の名物風景、排雪作業です。大きな道路では夜間にときどき、行われていますが、これは一冬に一回、町内の排雪作業風景です。雪が降ると道幅が狭くなります。除雪は雪が降るたびに大きな機械、小さな機械で頻繁に行われています。この除雪された雪も道路に溜められていくと、ますます道路は狭くなるのです。やはり取り除かなくてはなりません。この雪はどこへ行くかというと、冬の間だけ常設される大きな公園や豊平川、畑などに積まれていきます。この排雪作業、見ていて飽きないのです。流れ作業での連携は見事です。雪をダンプに積み込むのはロータリー車。ここまでに何台もの種類の違う除雪車が雪を氷を削り、帯状に溜めていくのです。そしてロータリー車です。

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http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=NsxHHF1Z9Tw

平安神宮

所用で京都へ行った。今年はまだ神社で年始をしていないので、平安神宮でお参りをした。神さんの本山はお伊勢さんに出雲神社、そして平安神宮もまあまあの格だと思っていたが歴史はきわめて浅いことが判明した。以下に説明文がある。「1895年(明治28年)3月15日に平安遷都1100年を記念して平安京遷都当時の天皇であった第50代桓武天皇を祀る神社として創建された。」だそうだ。いつも道民がお世話になっている北海道神宮とあまり変わらないのだ。しかし「平安」という言葉は好きである。「平和」でもないし「安心」でもない。ヨガのくつろぎのポーズのときもよく使っている。「あなたに平安がきますように」「平安な日々を楽しんでください。感謝してください」と。
カシコミカシコミで始まる祝詞は神さんとの会話であり生死を約束する人間社会の初期の生活すべてを表しているという。日本では古事記の中で神話が出てくるが、これがもっともっと奥が深いらしい。とても手に負えないとあきらめていた「白川静」が今ブームになり漢字の成り立ちは神との約束事が詳しく当時の人たちが神との会話が成り立っていたことを説明している。甲骨文字は神との駆け引き、証文だったらしい。それが日本に来て仮の文字、すなわち、かなになったと。野口三千三の体や動きの説明がいつも「白川静」を参考にしていた。読解力を身につけ、ヨガの授業に役立てたいと思う。Photo

人が生まれ、生きて、そして死ぬ

年始の年賀状を書く際に喪中はがきが多いことに気がつきます。ひと家族に連名の不幸のあることも。そこに至るドラマも様々でしょう。「人が生まれ、生きて、そして死ぬ」というプロセスは諸行無常ともオームとも言います。
「生まれた者には死が必ず来る。死せるものは必ずまた生きる。避けられぬことを嘆くなかれ」(ヒンドゥー教聖典「バガヴァッド・ギーター」より)宗教の世界でも人生に達観した人もただそれだけとも言います。いかに生きるかの難しさもありますが、いかに死ぬかも、自らコントロールできないところに不安もありお任せの境地でもあります。
ある新聞に長寿時代の定めを思う老人医療の専門家、フレディ松川著の「フレディの遺言」がありました。介護や認知症などの現実とそれを少しでも予防ができる勘所が書かれているそうです。興味のある人は読んでください。それで思い出したのが鈴木秀子著「死にゆく者からの言葉」がありました。帯には「死の直前に<訪れる仲良しの時間>に人は何を語ってゆくのか」この本も年末年始に再度読んでみようと思います。

紙ヒコーキ

小さい頃、いやいまでも手持ちぶさたで、近くに紙があると、作ってしまう紙飛行機。しかしうまく飛んだためしがなかった。なにげなく何かのパンフに掲載されていた紙飛行機の上手な飛ばし方。ちょっとした工夫なんだと試して納得。お孫さんにひとつどうですか。

書類のコピー方法

この写真はな~んだ。これは研修生のレポート70枚をコピー機でコピーをするのをやめて、デジカメで写真を撮った一部です。赤ペンで添削して返すのですが、これなら返す前に簡単にコピーをとることができます。要領は画素数を上げること、ストロボは使わないこと。手ぶれ防止のデジカメであること。明るいところでとることなどでしょうか。使わないかもしれないデータなのでCDロムに焼いて保存しています。所要撮影時間10分くらい、費用タダ。CDロム代50円。

Report

冬道はツルツル

街中は本州と見間違うくらい季節感がないけれど、ちょっとはずれると道は氷でツルツル、テカテカ。危なくて歩けやしない。私も昨日スッテンと転んだ。一瞬、まわりを振り向き見られたかどうか確認。それからイッテーとおもいっきり打ったところが痛む。転んだところに氷の塊、そこに尾骨となると尾骨骨折、ギブスつけるわけにいかない。転び方悪ければ頭を打つ。これで救急車のお世話になる人もいる。仰向きで転ぶときはへそを見よというのは受身の鉄則。

Humiti

バランスポーズは苦手

三千院へ紅葉には少し早い晩秋に行った。京都バスは満員で身動きできないくらいであった。そのバスは懐かしいバス停「小寺」を通過する。ふと昔を思い出す。縦走専門(山の尾根ばかり歩いている)の山登りから岩登りにチャレンジした頃、ここから江文峠のほうへ向う金毘羅山で岩登りの練習をしたものだった。何回か練習したある日、岩場から落ちた。確保なしすなわち体に巻いてあるザイルは誰にもどこにも確保されない状態であった。そこにハーケンがあってそれにカナビラを通そうとしたときズルッ。幸い大怪我でなく、抱えられながらバスに乗って帰ったことがあった。それ以後岩場はご法度の場所になった。今でもブルクッシャアサナ立ち木のポーズや英雄3番のバランスポーズは苦手である。

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四方山話から・・

ヨガのムカシ友人Uさんに会った。四方山(よもやま)話が一段落ついたところで、当然ヨガ指導の話しになった。Uさんはテーマ話題が見つからなくて、健康雑誌やヨガ雑誌を買いあさっているという。けっこうヒントになることがあって生徒さん喜んでくれるという。

ヨガの指導は流れや振り付けがあるわけでなく、せいぜいポーズのテーマがあるくらいであとは全部一人で組み立てなければならない。若い指導員に聞くとその辺が難しいらしい。ベテランのUさんでなくてもビデオや本などを参考にしてしまうという。

だから私はヨガを始めるにあたって初心者も指導員クラスもいつも念頭に置かねばならないのは、「ヨガって何ですか」である。ベーシックなところを無視してほら呼吸法だ、ポーズだ、瞑想だというのは見せ掛けだけのような気がする。ベーシックなものに触れる一つの参考書は以下の単行本である。私はずいぶんお世話になっている。品を換え種を換えて話題は豊富になる。当然Uさんにも薦めた。
Sankou3

モヨロ遺跡

暖かい10月末早朝、タクシーで網走港はづれの当地を訪れた。運転手さんは何もないよという。本当に何もなかった。
この遺跡は北海道独自のアイヌ文化とも違ったオホーツク沿岸文化の遺跡だそうだ。大正二年アマチュアの考古学研究者、米村氏が貝塚を発見し、当地で理髪業を営みながら遺跡を発掘したという。フェンス越しに見た竪穴は聖徳太子の時代の人間が過ごした生活跡を物語る。流氷の海の中でアザラシを追いたどり着いた網走の地は「南の楽園」だったという。夏には地上に上屋も立てたという。しかし1000年前に突如この民族は姿を消した。(観光協会パンフから)

Moyoro

網走川には河川敷がない。洪水で溢れることがないという。それは上流に大きな網走湖をかかえているからだ。豊かな水量に満たされたこの川に沿って街が栄えている。

Abasirikawa

ヨガワークショップ

久しぶりにヨガワークショップに参加した。先生はオーストラリアの女性。片言の日本語がグットタイミングで出る。しかし周りは女性ばっかり。黒は私ともう一人。ムカシの仲間である。偶然だった。やっぱりおじさんになっていた。


いくつかクラスがあったらしく、他のはパワーヨガ系。体を動かしっぱなしだったとのこと。そんな心肺機能を高める動きだったらどうしょう。やめて帰るか、それともすみません、見学しますとか言い訳を考えながら受講にのぞむ。20名くらいの参加者でやる気満々。知っている人もたくさんいる。こりゃ大変なところに来たとびくびく。
授業の内容は体の修正だった。体にエネルギーが通りやすくするために二人ペアーで修正していく。やれやれ、これならムカシよくやったやつだ。でもいまさらながら自分のカラダ硬いね。アサナもより合理的に進歩していく。一人の知識よりたくさんの知識で知恵になっていく。なんでも日進月歩だ。
ウッティッタトリコーナアサナ(三角のポーズ)は優しく体を扱っているので安定感がある。ダウンドッグ(下犬のポーズ)は背骨がまっすぐになるのって難しい。ベルトでそっと修正すると慣れない体が悲鳴を上げるが呼吸が楽である。割り座は基本的に不得手なのでどんなことをしても悲鳴を上げる。やめとこ。もう少しレベルアップしてから再チャレンジする。ねじりは呼吸を使うと楽である。吸って持ち上げ吐いてねじる、などなど。
終わって街中をヨガマットを持ったおじさんが足取り軽く家路にいそぐ。