高野山 協会合宿

一年に一回 沖正弘師の弟子およびそれを学ぶ人たちが一堂に集まって合宿を毎年行っています。今年の合宿の講師は15名、受講者は含めて150人でした。台湾からも20名近く参加されました。
第一次ヨガブームの時に沖ヨガは確立され、団塊の世代を中心に道場は春休み、ゴールデンウィーク、夏休み、年末年始と100名から200名の修行生でにぎわいました。今回の合宿もその団塊の世代がたくさん参加しましたが、それに続く世代も多くなりました。
合宿では今はやりのパワーヨガなどの連続ポーズは無く、命を育む総合ヨガを講師が披露し、生活の中で自分を高めることの必要性を動きあり、講義ありの研修が続きました。それぞれが宿坊に泊まり、朝は高野山奥の院に出かけ、厳粛な弘法大師を奉っている廟舍にお参りに行ったり、そこで般若心経を唱え、希望者は水行したりしました。
講義は講師が自慢のヨガを伝え合ったり、中国語の講義があったり皆さん真剣です。
来年は5月に北海道登別で開催されます。又再会しましょう。
Syuugou

本間先生の記事

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先週の土日は本間先生と協会の会議に
北海道から参加しました。その時に見せてもらった
新聞記事です。
皆で回し読みしているうちにしわになりました。
とくとご覧あれ。
主なところを要約すると以下になります。
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美しくなる自分をイメージすること
現在でも週に10のクラスを担当(記事は間違い)。
日本ヨガ協会は間違いで国際総合ヨガ協会のことです。
今はNPO法人となり設立理事になって頑張っています。
今でも現役の指導者です。
断食、小食がヨガを始めて習慣になった。
ヨガを始める前はよく貧血になったが小食で
貧血はなくなった(記事は間違い)。
ヨガを始めて30年間病院へ行ったことがなかった。
この間初めてちょっと不調で病院へ行った(周りに告白)。
教室では無理しないでと声をかけるが結構きついポーズで無理させる。(周りの告白)
室蘭で初めての指導者になった。沖正弘さんは間違いで笠井淳一さんが正しい。
シソジュースを振舞うだけでなく、いつも研修や会議の時は自分で作ったお菓子やご飯を振舞います。
本間先生は最近は少し背中が丸くなったかなと思うが
体力気力は充実しています。今日から
名古屋のブラフマンヨガセンターに招待講師として
一人で出発しました。明日からの高野山合宿でまたお会いしましょう。

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ヨガのお話はお休み

人の目を気にしながらサンダバーズに行ってきました。さっと行ってさっと帰って3時間でした。このアクロバット飛行チームは15年ぶりの来日だそうです。こちらはアメリカ空軍所属、日本で有名なブールエンジェルスは海軍所属だそうです。開演ぎりぎりに行って、ウィークデーなので空いていると言われ、渋滞に巻き込まれ基地には入れず、近くのショッピングモールで見学です。基地から少し遠いので迫力はいま一つ。一度だけ近くを低空飛行で来た時は、音のすごさと振動で一瞬逃げる体勢になりました。逃げる行動をとった時にはF-16ははるかかなたでした。周りの目に逃げる様子がばれたでしょうか。ちょっと恥ずかしい。

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ショーが終わるとのどかに定期航空機が着陸しはじめました。

Ana

命を食べる

「牛を屠る」という本を読みました。屠殺場(とさつば)の話しです。情景がありありと見えてきます。特殊な柔らかいナイフ、一つで解体していく様子は日常と全く違う風景です。マグロの解体店頭販売と全く異なります。観念した牛はうつろです。職人はいたわるように手早く、丁寧に次の命につなぐためにムダを作りません。そして格闘している職人、牛から暑い様子が伝わってきます。ともに38度以上の熱が交差しているのです。
のどかな牧場で牛が放牧され、大切に育てられ、そしてトラックに乗せられ、市場に出され、そして私たちの口に入る、そこにはそのようなプロセスがあるのです。

魚の好きな人はすべてを食べ尽くすのが命に対して礼儀であると言います。それよりももっと大きな動物は感情もあり、自分の宿命を悟り、私たちの食卓に上るのです。これを感謝せずにはいれるわけありません。ヨガは生命即神です。人の命だけでなく、食する生き物も神の存在です。大根も果物も命です。いつの間にか私たちは食べることの意味を忘れてしまいました。著者は自分たちの職場を屠場とは決して言わないと言います。屠殺場という、殺という言葉を使うのは敬意を表している言葉だと言いました。

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雑誌に掲載されました

前に紹介しました雑誌「occan」(おきゃん)に登場しました。この雑誌は写真がきれいで北海道限定版ですが35歳以上を対象にした女性誌でとてもよく売れているとのことです。タイトルは「心と体のバランスケア」で神経科のお医者さん、漢方薬、アロマテラピーそしてヨガが掲載されています。ヨガポーズの写真がキレイ,場所がキレイ、モデルも女性はキレイ。。。。
教室で話しをするのは、ヒトは前頭葉が発達して、記憶で日常生活を過ごしています。自分の顔は昨日と同じ、ひと月、一年前も同じ、ひょっとしたら10年前もそんなに変わらんだろう。しかし写真を見たら「・・・」。何らなら目を閉じると高校生のときにだって戻れるのが脳の働きです。しかし現実は毎日、私たちの姿が「動的平衡」として新しいものに入れ替わっているそうです。昨日の私は今日の私ではないのです。周りの人は記憶の中で私を認めてくれるだけです。記憶はメモリー、情報です。変化しないものです。私たちは今を生きています。記憶を頼りにしないで今を生きる、あるがままに生きることの大切さを賢者は言っているのでしょう。
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羽の威力

今は全ての街角に赤い羽根の共同募金の活動をしています。土日であれば黄色い声で高校生がお願いしま~すですが今は老男女の出番です。全ての街角で無視して通る勇気はありません。喜んで寄付させていただきました。いくら?聞くと、いくらでもと言う返事。そりゃそうだろいくらあってもお金に不足はありませんよ。財布の中の小銭はたくさんありました。それを入れたら、あらーまぁたくさんもらってと、美しい女性が襟元にじっくり時間をかけて羽を取り付けてくれました。

羽の威力は驚いたことに大きくて、街角毎で知らないおじさんおばさんが挨拶してくれます。ありがとうございましたと。こちらも軽く会釈です。羽をつけてなかったらコソコソ逃げるように通り過ぎるのに羽のおかげで募金の方々と仲よくなった気分でした。

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ヨガポーズのモデルになりました。

雑誌取材を受けました。写真4ページの「癒しの達人」というテーマです。それでは若くて活きのいいのが揃っていますと対応すると、いえ、あなたがモデルですだって。少し考えました。監修とか指導という名前で登場させていただけませんかとお願いしましたがあなたですとお答えです。巷の雑誌ではかっこいい、おねえさん、おにいさんのヨガポーズがあふれているのになぜ私をと不思議でたまりません。発刊の責任がないので承諾。撮影当日、朝から食事をしないで出っぱらをコントロールしなければなりません。ということで2時間の撮影が終わりました。たくさんのモデルポーズを作ってくれたKさん、ありがとう。終わってからのコンビニのり巻おいしかったね。

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おまけ
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声の出し方

先日、声をつぶしたエアロインストラクターの方と某放送局アナウンサの方が受講されました。終わってから声の出し方の即席講習会です。あーあーあーときれいな声とがーがーがーの音が混じりあいます。そういえば声の出し方など家でも学校でも習ったことないです。声が届かないとのどに力を入れて大きな音を出せばよいくらいしか考えていません。

ヨガの語録の中に次の教えがあります。「目的への集中は過度の緊張を生む」 これは結果を出すことなのか、過程というプロセスを重視するのかで動きは異なるという教えです。結果だけ出せば無理が生じ、体を痛めることになります。

声の即席講師は声はのどを広げ、顔全体を共鳴箱のようにして出すのだといいました。そして一言、最近のアナウンサーは口だけで話をするから聞いちゃおれないと。。

アナウンサーのお仕事も奥が深い、肉体労働なのです。

不思議実験

研修会で風船を割り箸で突き刺しました。これはヨガの授業の瞑想の一こまです。からだもこころも不思議なことがいっぱいですが、身の回りにもありました。受講生にふうせんと割り箸を支給してこれを貫いてくださいと講師は指示をします。あちらこちらでパーン、パーンと音がします。割れる音です。しかしこちらあちらで完成品が出来上がります。

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ヨガのテーマは新聞にあり

某日の新聞広告です。ヨガがテーマにする材料はたくさんあります。からだのこと、こころのこと、食べ物こと、呼吸のこと、エコのこと、子育て、アンチエイジング、自己成長、ほかほかです。それらは初めは書物や講習などから知識を得なければなりませんが、新聞広告から食べ物や生活のヒントがあります。
ヨガには世間で言う国家試験はありません。業界の中でも資格はまちまちでその団体だけで通用するものです。資格試験をする分野が広すぎて統一ができないのです。しかし誰でもヨガに親しみ、ある程度の望みが叶えられるから、世界中で未だに大ブームになっています。家で足の裏をたたくだけのヨガをする人も含めてヨガ人口はかなりの数だと思います。ヨガは世の苦しみの四苦八苦の一つ求不得苦(グフトック、こうなったりいい、これを楽にしたい)の心身部門の一部を解決する方法なのですから。

新聞を取っていない人が多くなってきました。ネットやテレビ、携帯から情報は間に合います。しかしやっぱり新聞なのです。新聞には自分に不要なこともたくさんあります。しかしこの不要なものが自分を育てていると思います。探して自分の興味と結びつける力が必要なのです。