LA shopping

今日は最後の日です。またまたMさんのお世話になります。まず何はもとあれ郊外のアウトレットを目指します。車で2時間くらいのところ。なんでも車なのです。フリーウェーの高速でどこでも行くのです。サンフランシスコに9時間かけて出かけるとのこと。このサンフランシスコははLAに比べて小さい町だとのこと。でも77万人です。LAは370万だから名古屋市くらいでしょうか。フリーウェは120キロのスピードで6車線。右から左から追越をかけてきてよくも事故がないものです。

  http://www.premiumoutlets.com/outlets/outlet.asp?id=20

アウトレットのお店は160のお店があって迷子になりそうです。またまた女性群と分かれて単独行動です。彼女たちはコーチのお店へ行きます。男の自分が言うのも変だが安い。なぜなら価値がわかっていないからです。後で空港の免税店で見て驚きました。数十万なんてざら。その30%くらいで数千円単位です。失礼!数十ドル単位です。きっとバイヤさんでしょうか、大きな袋の中に商品を片っ端から入れていく人がいました。

ところでこのLAの街はこの乾燥地帯なのに緑の樹木や禿山が目立ちます。聞いてみるとほとんどがスプリンクラーで給水しているそうです。日本であれば川があるところに町ができるのですが、こちらはまずメキシコ人の布教活動の拠点としての町なのです。カトリックでしょうね。そのくらい信仰というものに力が入っていたのです。お買い物も一段落過ぎ、今度はヨガ教室です。前もって調べておいてもらったところです。

  http://www.theyogacenter.com/

Mさんは用事がある、後で迎えに来るといって教室に私だけ下ろして出かけてしまいました。さぁ、大変です。クラスが始まりましたが、何がなんだか言葉がわかりません。しかし私もヨガを少しかじっています。カパラバーティ、ナディショダナーらしい言葉がでてきました。それからイクヘロ、インヘロです。(当然、吐いて、吸ってです。)先生はきれいなアメリカ人です。えっと思ったのは一回だけやり方を教えて後は勝手にどうぞといった具合です。そしてずーっとイクヘロ、インヘロだけを繰り返します。何が何だかわかりません。となりにおじさんがいてその人を見ながら汗びっしょりです。でもそんなにきつくありません。スリヤナマスカーラ太陽礼拝のような動きでした。あとでMさんの通訳が入ってわかったのは呼吸をコントロールすることで生き方や人生を変えることができるというのです。このイクヘロ、インヘロで90分がたちました。でもなんとなく参考になったことはたくさんありました。教室でいつか披露しますね。当然水野式ですが。

泊まったホテルから見るダウンタウンはビル群がニョキニョキですがこれを郊外から見るとその一角だけが平原から急にビルがそびえたつ文明都市のようです。そういえばハリウッドの話をしていませんが、このLA市内でニューヨーク風やシカゴ風サンフランシスコ風に映画を撮るそうです。アメリカ映画見るときには気をつけようっと。

いよいよLAからさよならです。たくさんの人にお世話になりました。英語ができなかったのは残念でした。おそばを食べに行ったところではきれいな日本語を話しできる二世がいました。彼は大学を出て料理を専攻しているうちに音楽に目覚めてそちらの勉強をいましているといいます。又彼は近くのサンタモニカのストリートでダンスも踊っていたという現代若者です。人生はまだまだ続くのです、がんばってね。

LA 市内観光

はじめはバスに乗る、電車に乗ると意気込んでいたのですが、いざとなると安易なほうへ流れる癖があります。それでお決まりのツアーに申し込みました。なんと!私たちだけです。もう今の旅行の主流は個人で動くのですね。今回のLA行も某有名なパックツアでした。この日本出発の日も私たちだけ。なに・これと?不思議でした。今回は前途有望な青年と一緒なので冒険は許せません。家族が許さないのです。それでパックツアになったわけですが、これほど同行者がいないと拍子抜けです。それで貸切でぐるぐる回りました。

これはビバリーヒルズの高級住宅街にあるgreystne park(http://www.yelp.com/biz/greystone-park-and-mansion-beverly-hills)です。出処は疲れるのでやめます。

サンタモニカの浜に出ました。暑いので日陰だけで散歩です。この街にはサンタという名前の町がたくさんあります。サンタアナは13日間にメキシコ共和国軍とテキサス分離独立派(テクシャン反乱軍)の間で行われた将軍の名前です。ジョンウェィンのアラモの砦の映画は大好きでした。この辺にアラモの遺跡があるのかと聞くとテキサス州のサンアントニオの伝道所だとのことでした。LAにはそういうわけでメキシコの領土だったわけでスペイン語がここでは必須です。電話オペレータも英語、つづいてスペイン語が使われています。

シビックセンターは都庁みたいに、と言っても実物は拝んでいませんが背の高い建物です。市役所だけでなくカリフォルニアの州庁も兼ねているみたいです。すみません。キチンと英語が訳せません。とにかく立派です。

  

LA-Disneyland

天気はいいし、体調も昨日と打って変ってすこぶる快調。ジェットコースタ系は絶対無理と思っていたけど、大丈夫でした。時間延長して22時までうろうろしていましたよ。花火はきれいだったけどものすごい人で何も見れなかった。頭と頭の間に少しだけ。でも音や光で想像力豊かにしてもそれはそれはすごかった。レザー光線の物語などは圧巻ですね。一人で行ったのではないですよ。相棒がいて、なだめ、機嫌を取りながらの行動です。疲れてくると切れるのです。でもお互い、こんなところで迷子になったり、帰りのバスに残されたりすると永遠に日本に帰れなくなる可能性があるので我慢し合いました。この施設で感心したのは乳児連れ、足が悪い人、でぶった人(300kgくらい)などにフォローができているのです。車椅子に電動車、乳母車は無数、そしてボランティアが実に充実しています。日本もそうなのかなぁ。

LA 報告3

下調べもままならぬうちにロスアンゼルスに到着しました。見慣れぬ街の風景です。

ロス在住のMさんの案内で市内、周辺をふらりとドライブです。そしてビバリーヒルズ近くの1924年から営業を続けている有名なレストランに入りました。(http://www.cantersdeli.com/)サンドイッチやスパゲッティを注文しましたが、これからこの食事でびっくりが続く、量の多さの洗礼を受けました。この四分の1で十分です。無理して二分の一食べました。お酒でいうツキダシみたいなものが、注文前に大きなベーグル数個、ピクルスのキュウリ丸ごと4,5本が来るのです。そしてお代わり自由ですとのこと。。

サンタモニカへ移動しました。3日に日本を出て今日はまだ3日です。女性陣はファッションブティックにお買いもの。何もすることがないので、街をぶらぶら。大道芸人があちらこちらで芸を磨いています。何をしているか分からない-ただ路上で寝転がっている-人もいましたが。

サマータイムなので9時になっても通りにはたくさんの人が行き通っています。

明日はディズニーに行ってきます。日本のは行ったことありません。この期間中、ヨガにも行きますの報告を楽しみにしてください。

心はロスアンゼルス

今日からロスアンゼルスに行ってきます。数日前から準備に忙しく、と言っても気持ちだけですが、本業(仕事)のこと、本業のような副業のこと(所属団体の作業)、遊びでやり残していること(作りものですが内緒)が気になって仕方がありません。英語の勉強もしなくちゃ。何もっていく?と昨日まであわただしく過ぎました。

ブログも最近のレッスンも仕上げないといけないのでもくもくとパソコンの前に座り続けます。終わると買い物に付き合わなければなりません。ロスでお世話になる人のお土産です。彼女がいるので勇気を奮っていけるのです。

そして子供(大きな子供です)の自転車パンク修理を軽いつもりで請け負いました。しかし、買って2年目の自転車はチューブがぼろぼろ、そしてノリが風邪をひき(といってもわからんでしょうね。昔はこのように言ったのです。ノリの効力がなくなった)、空気入れが壊れている、そして雨です。子供に聞いたところ、パンクしたまま数キロ走ったとか。仕方なくチューブ交換です。30分くらいの作業のつもりが後ろの車輪を外して数時間の大仕事になりました。

3か月ぶりの何も予定の入っていない日曜日はこのようにしてロスの準備もあまりできない状態で過ぎていきました。

ロス在住のMさんからは丁寧なメールでたくさんの情報を教えてくれました。
レストランならマクロビオティックのお店が日本にあります。
(閉店していました。)
ロスのほうの店舗は
http://www.mcafedechaya.com/です。
1924年からやっている24時間オープンの老舗カフェもあります。
http://www.cantersdeli.com/
ローストビーフならアメリカな感じでお勧めです。予算は一人40ドルくらいです。
http://www.lawrysonline.com/theprimerib.asp
日本のバージョン
http://r.gnavi.co.jp/c557001/
ショッピングはサンタモニカのプロムナードに行くとキットソンのアウトレットやH&M・フォエバー21アバクロなどあります。昼間には歩行者天国になっていて大道芸人が芸をしていて開放的な気分になるのでお勧めです。
http://www.tripadvisor.jp/Attraction_Review-g33052-d103427-Reviews-Third_Street_Promenade-Santa_Monica_California.html
グローブというショッピングモールが
あるのでそこもMカフェやカンターズなどに近いので紹介できます。
グローブにはアバクロなど入っています。
http://allabout.co.jp/gs/travelwusa/closeup/CU20070509A/
コーチなどが入っているアウトレットモールでショッピングは車で2時間ほどの場所にありますので6日に行くことも可能ですが、アウトレットに行くと広いので1日かかると思います。
http://www.premiumoutlets.com/outlets/outlet.asp?id=20
たくさんの見所食いどころを教えてもらいました。

最澄さんと空海さん

私は比叡山の麓の西側で育ちました。修学院の横から雲母坂(キララザカ)を10数回上りました。坂は険しく雨後などは沢になって滑りやすく難儀ものです。それも中腹から尾根にでて景色は抜群、そしてロープウェの終点、延暦寺に続きます。

そんなわけで比叡山延暦寺はなじみ深くひいきにしています。ところがどうも知名度のほうは和歌山県高野山の方が分がよいようです。空海さんの卓越した能力なのでしょうか。今回、我が所属の協会合宿も高野山で10月23日から始まります。空海さんの真言密教の世界もも興味あるところです。

最澄さん、空海さんは平安時代にともに卓越した能力で新時代を開きました。ライバルのような関係だったようです。今年の数か月前の新聞に天台宗と真言宗は1200年後の和解という記事を見つけ、お互い当時から仲たがいしていたようです。最澄さんは家柄もいい、年上で桓武天皇の信頼を受けていました。一歩先んでいたわけです。ところが共に遣唐使として中国に留学して帰ってきたが、空海さんのほうが密教をより多く学んだようで、最澄さんが本を貸してくれと頼んで初めは快く貸していたのだそうですが、そのうちに拒絶したり、弟子を人質にして返してくれなかったり、かなり険悪な関係だったといいます。当時の後半になってくると空海さんが一歩先んじていたわけですね。彼は書の達人であったともいいます。

私は比叡山が好きなのでちょっと悔しさがありました。ところが最澄さんはテクニック的な能力よりもシステムを作った人だったのです。天台宗の勉強だけでなく、ほかの派の学問を弟子にさせていたのです。12年間は山(比叡山)にこもって降りることを許さなかったとか。そのような厳しい修業のシステムを作ったために鎌倉時代以後に山は堕落したと法然さん、親鸞さん、道元さん栄西さんなど今の宗派を作る偉人を輩出してきたのです。

私は勝った負けたが大好きなので心良くして高野山合宿に参加してきます。

46年ぶりの皆既日食

皆既日食は少年時代に見たことになります。ガラスにススを付けて校庭で太陽を見ました。だから目が悪くなったのだろうか。校庭にはうろこ状の影が無数に散らばっていたのを思いだします。

日本で見れる場所が吐喝喇列島の悪石島ということで懐かしいトカラ列島を思い出しました。これは青年時代です。奄美大島北西に横当島という無人島があります。ここに一週間くらい滞在しました。何をしに行ったのかって?それは内緒。何もないところですからね。説明つかないです。水もない。船もない。名瀬市から70キロのところをお役所の船で行きましたね。いろいろ大変だったですね。お役所もですが。


ところで皆既日食のこの日、ヨガの授業がありました。アシスタントがいないのでエスケープできず部屋の明かりを消して11:10、暗くなるのを期待したけれど曇り空の札幌は全く変化なしでした。ただ新聞とテレビ報道でのみ46年ぶりの日食を知るのでした。天文にうつつを抜かすわが友は職場放棄してでも海外で皆既日食を見ていることでしょう。

合宿&理事会

二兎を追うは一兎を得ずではありませんでした。二者両得でした。暑い本州の猛夏をのがれて、北海道の合宿に合流して会議を行うという意図はよかったのですが、避暑どころか寒い、暖房を入れなければならにくらい寒ーい日が続きました。そして展望の良い室蘭岳山麓公園という最高のロケーションが霧の中です。本州の役員の皆様申し訳ありませんでした。私のせいじゃないけど、避暑どころじゃなかったです。大雪トムラウシでは大事件が起きていました。

(トムラウシ山遭難事故とは、2009年7月16日早朝から夕方にかけて北海道大雪山系トムラウシ山が悪天候に見舞われ、ツアーガイドを含む登山者9名が低体温症で死亡した事故です。夏山の山岳遭難事故としては近年まれにみる数の死者を出した惨事となりました。)

合宿には全く出れなかったけど、有意義な会議でした。一つ一つの意思の確認が後進に残せる組織体が出来上がるでしょう。合宿ではベテラン講師が短時間でありましたが十八番(おはこ)講義をしてくださいました。

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サボテンの花が咲きました

ほったらかしの植木鉢の中にほったらかしのサボテンに花が咲きました。雨に当たりすぎてまずいと思っていた矢先です。可憐な庭隅に咲いていました。存在感は抜群です。狭くて乱雑な庭にサクランボ、姫リンゴ、グミの木がありますがこちらは今年も実は全滅です。やっぱりほったらかしにしているからでしょう。その中でこのサボテンは偉い!名前はわかりません。どなたか教えてください。
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登別温泉に行きました

某企画の視察です。夕方から札幌を出発し、90分で室蘭の手前に大きな温泉街があります。「登別温泉知らずして北海道を語るな」といいたいくらいすばらしいところです。40年近くいるけど数回しか行ったことなくてはずかしい。やはりガイドたる地元の人が同行してくれると見るところが違うのです。自然の中の川に足をつける足湯も堪能をしました。観光客が帰った後の景観はじっくりと惜しまずに見せてくれます。来年に大きな企画をするのでお楽しみに。

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