ヨガ本を出版します

今ベッキーパパはあわただしい朝を迎えています。今日から北海道登別温泉で協会合宿が3泊4日で開催されます。全国から130人の参加です。気が引き締まりますが、不安もたくさんあります。実行委員長というとんでもない役職をいただいていますが、すべて仲間が段取りをつけてくれました。感謝感謝です。
というのも、パパは今年の初めから具体的になった、出版計画に入り、東京で打ち合わせること数回、札幌でも1回、このゴールデンウィークの連休中は計画に没頭していました。連休明けもヨガ学院のお仕事はほとんどストップで代行を立てています。スタッフの皆さんありがとう。
初めてのお仕事には、いつも不安が頭をよぎります。20年前の野球部部員にヨガを指導するときもそうです。またヨガ指導員コースを作るときもそうでした。今回はそれらの体験をもとに出版することになったのですが、不安は新しい力を得られます。本を出すのも不安です。しかし編集者の応援のおかげで原稿をすべて納めて、出版社からこれからの予定のメールが来た時には不安は消えて今度は責任感がいっぱいになりました。出版社に迷惑かけられない、たくさんのエネルギーを注ぎ、企画を出してくださった編集者に迷惑をかけられない責任でいっぱいです。
数時間後にはヨガ仲間と合流する登別は全国有数の温泉地です。ゆっくりと温泉に使って新しい知恵をしぼり、まだわからない新しい力が得られるようにと思います。どんな本ですって?仮名称またはコンセプトは「体の固い人のヨガ」です。私の文章の拙いところが多々あり手直しは続きます。全国のヨガ愛好者の皆様、体が固くてヨガがにがてなスポーツ愛好家の皆様、出版されたあかつきにはぜひ手にとって、ヨガの楽しさを堪能してください。
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他山の石にしたいものです。

老人六歌仙というのは江戸時代の僧侶の歌です。いつの時代もお年寄りの傾向はほとんど変わらないものです。体の衰えは自然現象ですから仕方がないとしても性根は気をつけなくてはなりません。その性根からくる、人の言動は気になるのですが、自分のこととなると、言いたい放題、やりたい放題なるのは江戸時代と変わりません。自分もそうかもしれないし、周りにこのような人がいるかもしれません。これは老若に関係なくいっぱいいそうです。最後のところにある、「人は嫌がる」ことのないように他山の石にしたいものです。出典も載せました。
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オホーツク圏内ヨガ講習

網走市内でヨガ講習会がありました。
当水野ヨガ学院指導員養成基礎研修コースの修了生が招待してくれました。札幌までコースに通った方、今でも月に何回か通っている人、研究会に所属していた人、当地で養成コース修了した方たくさんの方々とヨガを楽しみました。
沖ヨガの考えは時間、人、物を有効に使うこと、要するにこき使うこととあるので、私もその教えに従って徹底的に時間を割かしていただきました。ほとんど合宿研修と同じです。〜つかれたー〜。
今、網走近辺は支庁の統廃合となって網走支庁からオホーツク統合振興局という地域になりました。北海道は広いです。そのオホーツク圏内の主な地域のヨガ指導者が、北見、紋別、常呂、網走から集まりました。そして最後はそれぞれの地区から受講生が集まってヨガ教室でした。2日間の延べ人数は100人になります。大きなテーマは「気持ちよく体を扱う」でしたから、年配の方も楽しく過ごしていただいたかなと思っています。帰りにスーパーで今、旬のかに(札幌の半分くらいの値段と今日水揚げしたもの)お買い物をしていたとき参加者に会い、楽しかったーと言われて疲れもすっ飛びました。メンバーの方には本当に暖かいおもてなしを受けありがとうございました。
女満別空港までは飛行時間、約30分のフライトを楽しみました。帯広近辺の山岳写真です。
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親鸞上人

五木寛之作「親鸞」読み始めました。前に丹羽文雄作を読んで当hpの「最近のレッスン」にも取り上げました。(http://www.mizunoyoga.com/gakuin/q23.htm#l134)どちらも小説だから伝記の切り口がずいぶん変わるものです。読みやすいのは圧倒的五木寛之作ですが、親鸞の考えをもっと知りたいと思うのは丹羽文雄作です。丹羽文雄は浄土真宗の僧侶だから当然と言えば当然なわけです。昨秋に空海さんの高野山へ行きました。和歌山県の山の中なのに何か明るい景色が印象深いのですが、比叡の山は京都に近いのに何か暗い感じがします。高野山と比叡山は当時、宗教界の巨頭、空海、最澄が同時に生きた時代の山です。共に密教として修業のお山でした。しかしその後の偉人を輩出したのは比叡のお山で道元、栄西、日蓮ほかでした。最澄の教えには世の中を変えていく要素があるのだと思いました。
私が読んだ両著のキーワードは「地獄」だと思います。平安末期の混乱時代かもしれませんが、その「地獄」という言葉は「罰が当たる」と言葉を変えてと近世まで続きました。死ぬことの恐ろしさです。誰もが長い人生の中で後ろめたい言動があったから、浄土、天国に行けないのです。キリスト教に似ています。だから親鸞は祈り、宗教心を高めたのでしょう。浄土に行けるように南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と唱えたのです。

養成基礎コースの修了

おつかれさまでした。長くもあり、短くもありの期間でした。遠い函館からの方はさぞかし、大変だったでしょうが遠ければ遠いほど、苦労して得れば得るほど、中身の濃い研修だったと思います。最後のこの日は授業が延びて遅くなり、電車がないので夜中の2時に函館に着くとのこと、子育ての真っ最中の方も、仕事の合間に時間をかき分けてチャレンジした方も、ご家族の強力な協力を得て来た方も、新婚ほやほやの方も、若い人には負けられないという団塊の世代の方も、よくがんばりました。私たちも、たくさんのエネルギーを皆様方からいただき、一期一会を感じています。
私も今までたくさんの学びの機会を得てきました。それらが何かわかりませんが、血となり肉となり豊かな人生を色付けてきたのだと思います。決して自慢にはできない人生になっていますが。。まだまだこれからも切磋琢磨して学びのヨガに精進するつもりです、これからもよろしくお願いします。またこれからもまたがんばりましょう。
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野球選手や芸能人もヨガ道場に来ていました。

これは最近友人に見せてもらった新聞記事です。東野修元監督、元西武ライオンズ投手の若かりし頃沖ヨガ修道場で2週間、修行したという記事内容です。東尾元監督が修行した昭和45年頃は沖先生も50歳くらいだからバリバリの現役だったのでしょう。私は52年だからこの頃でもかなりハードでした。朝6時の起床でお経を読み、マラソンと称して山の中を走りました。滝のコースではこの記事にあるように滝行もありました。みそ汁だけの朝食と昼は玄米ご飯、夜はそばと同じです。彼らは山を下りてパンを買ったそうですが、私は道場関係者のアパートに駆け込んでインスタントラーメンを他の人に見つからないように立ち食いしました。うまかったことこの上なしでした。しかし、自然食の純粋系の体になっていたため、じんましんが体中に出てかゆくて大騒ぎになりました。今はこの道場はないのです。現在、「沖ヨガの継承と後継者の育成」を標語にNPO法人国際総合ヨガ協会が各地で活動しています。
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すぐれもの肩こり解消グッズ

こんなものヨガ関係者の家には不用品ですが、肩こりが趣味だという家人もいるのです。私以外はみんな趣味のようです。これはいい、力が入ってキクーと言っています。札幌駅に近くに新たにオープンした「ロフト」で見つけてプレゼントしました。このブログの主人であるベッキー君もこのグッズはお気に入りです。気持ち良さそうに大の字になります。このグッズは他にも使い方があります。操体法を勉強するときに背中の圧痛点を押さえたまま、体を動かすと痛みが消えるところがあります。なるほどこんなに自分の体はひずんでいたのかと一人操体にうってつけです。
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軽くて楽な動きがいい動き

「軽くて楽な動きがいい動き」の標語でヨガ指導をしていますが、その原点はたくさんありますが操体法という治療法が一番初めだったと思います。操体法で検索するとたくさんの本と治療院がでてきますが、当時はまだ創始者の橋本敬三先生が存命中で私の周りはずいぶん騒ぎ、、彼らからいろいろ教わりました。
今、学院ではカリキュラムに入って体を柔らかくリラックスするテクニックで行っています。しかし数週間前からスタッフから火がついて、操体法のことをいろいろ勉強しだしました。私は本格的な操体法を10年以上やっていなくて、すっかり錆びついて、新たに勉強しなおしです。調べてみると本もたくさん出ているのに驚きました。しかし札幌市内で操体法をしている治療院を探したのですが、メインでやっているところはほとんどありません。なぜないのでしょう。この操体法は入口が広く、とっつきやすく誰でも出来そうな療法ですが、奥が限りなく深くそこに到達するのは並大抵ではありません。私が思うのにヨガと同じで学び続けなければ、マンネリになり技術が低下していくのです。それで操体法を取り入れていた治療院は他の療法と組み合わせて操体法を補助的にしか使わなくなったのかと思います。
ヨガの授業のときに、私は体のバランスや修正的なことはあまりやりませんでした。それはリラクセーションと左右対象のヨガポーズでまかなえると思っていたからですが、しかし今は少し考えを変えて、積極的に操体法とりいれた修正ポーズも行うことにします。取り入れて数日しかたって立っていませんが、基本操法(重心のかけ方、あしぶみ)をするだけで木のポーズや英雄の3番というバランスポーズが劇的に楽になるのです。
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windows7に変更

昨秋から6年使ったwinxpの調子が悪くて、遅い、止まる、動かないなどで再インストールを繰り返していました。ようやくあちこちの家電量販店のDOSVコーナーで聞きまくってwin7 professional,Core i7 860 64bitを手に入れました。かなりのすぐれものらしいですがこちらの実力とソフトが不在なのでどこまでできるかわかりません。今回はぜひビデオ編集にチャレンジしたいものです。ところでこのパソコンは自作ですが、全部ショップの人にタダで作ってもらいました。内容は言いなりだったのですがマニアでないから言われもわかりません。電源は550Wですが他ショップによっては650Wまで積みなさいと言います。まえのXPは350Wですから進歩しました。ほかにもグラフィックボードは少し性能がいいのです。でもこの類は5万も6万もするのがあるそうです。とてもとても手が出ません。それこそ何に使うのと聞いたらゲーム関係だそうです。そういうものは一切やりません。他にHDDは1T、メモリー4GBなどで大台ちょっとだから安い買い物です。ということでお仕事がんばりまーす。
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部活OB会に参加

大学を卒業して初めて部活の集まりに参加しました。先輩も後輩も80名くらい、集まりました。創立50周年記念ということです。部の名前はいいますと「探検部」と申します。これがけっこう誤解を招き、冒険部ですかといわれるのですがれっきとした「学術部探検部」と称さなければなりません。外向きは文科系ですが、中身は体育会系です。先輩後輩の関係はけっこううるさかったのですが、意見はきちんと言える環境でした。私のヨガの原点はここから始めるといってもいいでしょう。それは、なぜ、どうしてという問いかけと、やってみなければわからないという考えが、そして行動哲学がヨガなのですからよく似ています。今回の先輩後輩、顧問の講演などを聴いていると、探検活動は京都大学の生態学者、文化人類学者の今西錦司、梅棹忠夫が原点ですので立派な学術調査が基本です。私たちの活動前後は洞窟調査をやっていたみたいです。そしてこの頃は海外の民族調査が主流でした。顧問は元国立民族学博物館館長の佐々木高明先生でした。私のグループはというとこのブログのどこかに書いたと思いますがトカラ列島の無人島でした。これは調査という立派なものでなく規模は大きかったのですが、残念ながら報告書は書けませんでした。それだけが今回OB会に出席して肩身の狭い思いでした。しかし当時の隊員、サポート隊を含めて13名中11人が参加していたことはそれぞれが実績を自負していたことなのでしょう。いつかこの企画の報告書を何かの形で実績として残してみたいものです。
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