楽園に一番近い島 竹富島

40年前に行けなかった島が竹富島です。そして姪は竹富町に住んで10年になり、もう立派な島の町民です。彼女の結婚式には家族が参加しました。コンドイビーチの沖から八重山の民族衣装を着て岸に寄せて神々に奉納するという儀式でした。その儀式も夜の9時頃から行われるというのも画期的です。島民、友人、親戚が岸辺に集まってお祝いをします。歌手のbiginも来ていたということです。
さて今回は別の姪が今度は石垣市で結婚式を挙げることになりました。その前に竹富観光です。朝早く私たち親族は起きて家の周りの道路の掃除です。道路は砂と,サンゴです。枯れ葉などのゴミを取り、あとはお寺の庭のごとく砂をきれいにほうき目を入れます。なかなか難しいのです。これらは島の人たちは習慣になっており、子供が率先して行うらしいのです。自分たちの島を大切にして、そして観光客が気持ち良く来られるようにというおもてなしも含んでいるということです。
Souji
屋根にはお守りのシーサーがあります。この八重山の島々には伝統を大事にする催しがたくさんあります。一年中なにがしの奉納があり、その中でも「種子取祭」は10日間にわたって神事が行われ、そして奉納芸能も行われます。観光客もこの時期は大勢くるということです。
この島の人口は350人で、決して過疎が進んでいるわけではありません。本土からたくさんの女性が嫁いでいるからです。姪も同様です。姪はいつの間にか結婚しそして島の催しのために忙しい毎日を過ごし、北海道に帰ってきたのは10年の間に1回位しかないのです。自分の居場所を確実に得ていると思いました。それに比べて、都会に住む私たちは郷土愛という言葉さえ知らずに、浮き草のごとく、どこにも居られない不安を抱えています。そして自分は何者であるかも知らず、ただ押し寄せる不安からせっせと物とお金を集めています。
快適を知ってしまった私たちは島民と同じように島の生活をすることはできません。夜の外出は懐中電灯が必携です。ハブがいるからです。コンビニもありません。駐在所もありません。何もないのですが島の人たちが島をただ守る、郷土愛に徹するという一念が観光産業を活発にしました。私たちはその島に訪れて、何もないものにあこがれ、神から守られたり神を守る神事などで無力の自分に気がつき、そして癒されていくのだと思いました。竹富観光のパンフレットに「楽園に一番近い島」とあるのは自然の恵み、生かされていることを感じ、生きるに十分なエネルギーを吸収できる環境だからでしょうか。
Taketomipanhu
しかし自然の中にいる島民の方たちは決して不便な生活をしているわけではありません。竹富島も石垣島から電気水道を引っ張りるくらいの距離ですから高速艇で10分の距離です。中には石垣市にマンションや車を得ている人もいると聞きました。無と有をうまくバランスしています。私は文化遺産を持っている島の観光にもともっと浸りたいと思いました。