無理を言って法事に出かけました。本家筋でないので義理はないのですが33年前にただ遠いからということで無視された仇を取ったのです。50年前によく遊んだいとこが来ています。いやーぁ、○○ちゃんと懐かしさで顔がほころびます。相変わらず口は達者です。これでよくケンカしました。そういえば庭に大きな柿の木がありました。それに向かって先祖伝来の錆びた小刀(しょうとう)でついたり切ったりして遊んでおじさんにこっぴどく叱られました。そのおじさんは今95歳です。家族からカマやのこぎりの持ち出しが御法度になっています。作物の苗や植林した木を切り倒すと言うのです。あれあれ。
法事では写真のようなパンフを配って説教がありました。誰一人欠いても今の自分は無いのだと。なるほど。ご先祖様を大切に。素直に感謝しましょう。「つづいている いのちの不思議に ありがとう わたしたちのいのちは、お父さんとお母さんがいたから、おじいちゃんとおばあちゃんがいたから、ええっと、10代前までさかのぼると1024人、20代前だと、104万8576人・・・たくさんの人のいのちがあったから、今があるのんだ!いのちってすごいなぁ」って書いてあります。
ちなみに10代前ってどのくらいかな。20歳~30歳で産んで200年~300年前という計算でいいのかな、なら20代前は15歳くらいが成人だから15歳~20歳として300年~400年前になります。江戸時代初期か。それがどうしたというわけだが。同時代の人が記憶に残るのは80年くらいですね。ひ孫、孫、子供、自分、親、祖父母と続柄があるがひ孫という特定が出てくるのは自分が60歳以降だろう。そして記憶に残る祖父母は遠い昔です。60歳過ぎた自分にとっては6代だけです。でもひ孫の立場であればもうご先祖様は64人になります。それがどうしたといわけだが法事はそのことに気がつかせてくれたわけです。
この系図で思い出すのは今から2000年前のローマ、カエサル時代です。彼の暗殺後次に初代皇帝になったオクタウィアヌスは皇帝を直系から出すことに懸命であったが当時は病気で死ぬ、戦争で死ぬ、毒殺されるで暴君ネロに至るまで極めて細い血筋でつながっていました。人類の歴史は病気と戦争、略奪、飢えでほとんど死んでいます。人生を全うすることは難しかったのです。物心、豊かに生きることに感謝です。