最澄さんと空海さん

私は比叡山の麓の西側で育ちました。修学院の横から雲母坂(キララザカ)を10数回上りました。坂は険しく雨後などは沢になって滑りやすく難儀ものです。それも中腹から尾根にでて景色は抜群、そしてロープウェの終点、延暦寺に続きます。

そんなわけで比叡山延暦寺はなじみ深くひいきにしています。ところがどうも知名度のほうは和歌山県高野山の方が分がよいようです。空海さんの卓越した能力なのでしょうか。今回、我が所属の協会合宿も高野山で10月23日から始まります。空海さんの真言密教の世界もも興味あるところです。

最澄さん、空海さんは平安時代にともに卓越した能力で新時代を開きました。ライバルのような関係だったようです。今年の数か月前の新聞に天台宗と真言宗は1200年後の和解という記事を見つけ、お互い当時から仲たがいしていたようです。最澄さんは家柄もいい、年上で桓武天皇の信頼を受けていました。一歩先んでいたわけです。ところが共に遣唐使として中国に留学して帰ってきたが、空海さんのほうが密教をより多く学んだようで、最澄さんが本を貸してくれと頼んで初めは快く貸していたのだそうですが、そのうちに拒絶したり、弟子を人質にして返してくれなかったり、かなり険悪な関係だったといいます。当時の後半になってくると空海さんが一歩先んじていたわけですね。彼は書の達人であったともいいます。

私は比叡山が好きなのでちょっと悔しさがありました。ところが最澄さんはテクニック的な能力よりもシステムを作った人だったのです。天台宗の勉強だけでなく、ほかの派の学問を弟子にさせていたのです。12年間は山(比叡山)にこもって降りることを許さなかったとか。そのような厳しい修業のシステムを作ったために鎌倉時代以後に山は堕落したと法然さん、親鸞さん、道元さん栄西さんなど今の宗派を作る偉人を輩出してきたのです。

私は勝った負けたが大好きなので心良くして高野山合宿に参加してきます。

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