除雪 北海道の冬の営み

久しぶりに年末から今日に至って除雪を数時間で過ごしています。年末は運動不足解消で筋肉トレーニングでもするかとせっせと家の周りの雪を向いの空き地に雪を捨てていました。周りは雪山ですが地面まで雪を取ると気持ちいいので病みつきになっています。ところが昨日からの少し大げさな暴風雪の気象警報は本物で外ではすごい音を立てて窓を雪が叩いています。風でホワイトアウトになり、景色を消してしまうのです。当然山であれば遭難です。私も帰宅途中でしたが歯を食いしばって自宅がマンションでないことを悔やんで5分の道のりを必死の思いで帰りつきました。風が止むと積雪量はほとんどなく、朝になり硬くなってしまった雪を除雪です。もう筋肉トレーニングなんて言ってられません。腰が痛い、腕が、手首が痛いとまた同じように除雪です。子供がその様子を見て「2ヶ月経ったら春になって雪、解けるよ」なるほどと思っても、それでも父は除雪を続けます。
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恩師の悲報

 年末近くになり喪中はがきが来るようになりました。その中に大学時代の恩師の悲報もありました。私には数多い師の中で彼は特別の存在でした。
 直接学んだ期間は数年間でしたが、まだ甘い考えが漂っている青年期にとって師の生活態度は当時の自分にとって驚くべきものでした。今でこそそのような活動をされている人は多々いるのですが、私にとってははじめて近くに見る方でした。
 決して役職に満足する存在ではありませんでしたが、朝早くから夜遅くまで学生を相手に手取り足とり、本当に学生を連れてあっちの研究室こっちの研究室に連れていき、機器の扱い方をアドバイスをし、その合間を見て自分の研究、そして学校の会議や事務作業です。師が椅子に座っている姿、食事をしている姿を見たこともありません。個室研究室にはナイロンのサマーベッドが折りたたんで、隅に立てかけられていました。週のほとんどが泊りこみと聞いたこともあります。このような生活は今では研究者にとっては普通の生活かもしれませんが、その後の私の人生に大きなモデルになったことは間違いありませんでした。
 喪中のはがきをもらってすぐに電話をご自宅に入れさせていただきました。奥様が出られて、ご挨拶だけと思っていたのですが、師の思い出が尽きませんでした。師にとってたぶん私は手がかかったと思います。テーマ報告書はなかなか出てこない、時々行方不明になる(山登りに行っていた)一番忙しいときにアルバイトをしてしまう(このときは師がやめろといって迎えに来てくれた)、就職はなかなか決まらない(師の紹介で決まった)。そのような学生だったことを話をしました。
 その後、師は他の要件も兼ねて札幌にも来てくれたりしました。大学に在職中は上京した折は私は師の好きなお茶をもって訪問もしました。大学退職後は大阪の会社で相変わらずの研究を80歳まで続けられたことを年賀状で聞いていました。その文面は「相変わらずの研究です」という文でした。
  先生のご冥福をお祈りします。
 この場での一文は不適切かもしれませんが私を育てていただいた方の生き方を紹介しました。
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まだまだ現役

教室には長くヨガをやってきた方がたくさんおられます。一番古い方は昭和56年(1981年)以来の69歳の方、男性です。そしてこのカードの持ち主84歳、男性Kさん。平成2年から22年間当学院でヨガをやってきました。44枚あります。
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毎週欠かさず月曜日昼クラスに同じ84歳の男性Sさんとそろってお見えになります。Kさんは若い頃は駅伝の選手で名前をちょっと知られた人だったそうです。珠算は北海道で一番古く、今も全国の名誉役員、大学教員定年までスキーをし、今も海外旅行に精を出している強者です。Sさんは昭和60年からヨガを始め、今は親子孫と三代続いて、教室に来ていただいています。禅寺で座禅をされているせいか、背筋が伸び、柔らかい表情の中に時々眼が光る時があります。
次の方もヨガ歴は長く、まだまだ現役でばりばりの方です。昭和56年定山渓で合宿をした写真の中に沖正弘導師とはさんで座っているのが私とTさんです。Tさんには陰となり表となりお世話になっています。始めは奥様が先にお見えになり、その後多くのイベントに参加されています。
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男性ばかり紹介してきましたが、女性の方が圧倒的に長く続けている方は多いようです。
私も年を取りました。でも皆さんまだまだ現役です。毎週みな様にお会いできるのが大変うれしいです。
私もがんばります。
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日々変化更新

 拙著「体が硬い人のためのヨガ」が発行されて2年経ちました。おかげさまでいまだに、増刷の連絡を出版社から頂いています。またこの本はイラストが中心なのでDVDのビデオを出してほしいという要望が出版社にあり、制作を冬からかかっています。出演者は「私」です。きれいなお兄さんおねえさんの方がいいのにと思ったのですが、主張は通りませんでした。それもようやく、出来上がりそうです。
ところで、1ヶ月くらい前に出版社「日経ヘルス」さんから取材の話があり、雑誌として全8ページカラー版で紹介をいただきました。題は同じく「体が硬い人の・・」で同じです。小さく私の写真が出ていますが、この写真はDVD制作用の写真でした。おもしろい写真なので早めに皆さまに紹介します。
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さてさて、体が硬い人は前屈のポーズのときは、膝を曲げましょう、と述べてきましたが、最近変わりつつあります。それは背すじを伸ばして骨盤と背骨を一体化すると、不思議に膝が曲がりませんがそれなりに倒れてくれます。ただし、欲を出さないという注意が必要です。ヨガをやっている人も普通の人もそうですが、欲が強すぎます。ヨガや仏教では「ありのまま」の姿を大切にしてきました。しかしポーズを作るときに、あるべき姿を想定して、無理をしたり、ある部分だけ(頭だけ)倒したりしています。それは己を知らずして、欲を出している姿といえましょう。
正しい前屈は背すじを伸ばし、骨盤が倒れるところがその人の「ありのまま」の前屈なのです。少ししか倒れないかもしれません。しかし己の欲を消し、自分の体の重さを感じ取ると、少しずつ動いていく、倒れていくのがわかります。いや変化しないかもしれません。それはそれでいいと思います。ポーズを作るときに雑念を消すのです。アサナとは、動禅です。瞑想です。是非そのようなポーズを作ってみてください。
少し付け加えますと、長座で座っているとき、座骨は床に刺さるがごとく置かれています。倒れるに従ってその座骨は後ろへ滑って行くのが感じられたら、かなり進歩してきているでしょう。是非、動禅としてポーズを作ってください。このようにポーズの作り方は日々変化し更新していくものと思います。
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青空ヨガの報告

朝は少し雨が降りそうだったのですが、天気予報などから昼近くになると、晴れる!という確証で開催しました。おかげで芝生の湿りもなく、快適な青空ヨガの開催日になりました。
毎年と同じように、たくさんの方が参加され、短い時間でしたが大いに楽しんでもらえたと思います。
毎年、必ず参加される方、ありがとうございます。その中には84歳になる方もおられます。また今回、妊婦さんで10カ月になる方も参加いたいだきました。子連れ、ご夫婦、親子三代、たくさんのありがとうで終わりました。
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一人だけの桜

今年も近くの林業試験場(農水省管轄)に桜が咲きました。今年は雨が降って、どうなることやと思っていましたが、きれいな豪華な桜並木になりました。テレビ放映されたのか、たくさんの見学者で有名になりました。最近は車乗り入れ禁止です。数人のガードマンまで立っています。
日曜日には我が家の前の道路は片側にずらりと駐車です。曇り空にもめげずに、たくさんの人が行き来しています。桜並木がどこかの行楽地のようです。その中に見覚えのある人が。。やぁやぁとしばらく立ち話でした。お茶でもどうぞとしきりにさそったのですが、いえいえまた今度ということでした。(これ断られたのですね。遠慮したのかな。)
二日後、今日の朝は抜群の天気です。カメラを持ってもう一度桜の見学しました。誰もいません。すごいことです。
誰もいない自分だけの桜の中で写真を撮りました。駐車禁止の赤いコーンが邪魔です。
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台湾で本が出版されました

1昨年夏に刊行された「体が硬い人のためのヨガ」はおかげさまで11刷に達しました。そして当学院の関係の方だけで1000冊が売れ、先日に新たに100冊注文しました。ほんとうに皆様のおかげです。

そしてまたうれしいことに、中国語に訳するという話しもいただき、契約書も1年前に交わし、ようやく台湾で店頭に並んでいるそうです。

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企画をいただいて、ライターの方と案を絞り、普段やっている教室での動きを再現すべく討論をしても、変更やボツが重なってようやく、これも出版関係者のプロ意識に支えられて出来上がりました。「水野健二は自分が大好き」と本の中で述べている項目があっても、皆さんのの期待にそえるか不安で、売れないから絶版という恐れも考えていましたがおかげさまで11刷です。「大好き」という呪文は運を良くするものと確信しました。

自分では気が付いていないのですが、あるヨガインストラクターの方が、ヨガポーズを組み立てるのにバイブルになっているということでした。私はその方に、本に書いている動きは単なる一例で、一つ一つの動きをしているときにどこに刺激があったり、気持ち良かったりなど感じることで、次の動きが出てくるものですよ」とコメントしました。普段はマヒして沈黙をしている筋肉が味わっていることで目を覚まして、無意識に、次はここを動かせと指示してくれるのです。

体の柔らかい人、パワフルな人こそ丁寧に自分の体を見つめる機会を作っていただければと思います。最近ユーチューブなどできれいで美しいポーズを作っているお兄さんおねえさんのポーズを観る機会があります。すごいなと感激します。でも、私の周りはおじさん、おばさん、おじさん、おばあさんが多くなりました。わたしも 「」の年代です。できる範囲で、かっこわるいけれど気持ちのいい動きを作っていきたいとおもいます。

月食

 今週の教室のテーマは月の礼拝体操でした。月のテーマについての講義候補はたくさんありそうであまり現実的なものがありません。
助産師の方が出産は圧倒的に満月と新月が関係しているといっていました。今は都会では月を見上げる機会がなく、夜空の星も月もネオンや街頭などで気がつかなくなりました。でも少し街から離れてみるといつもそこには星と月がそこにいつもあることに気がつきます。大昔から人も動物も空を見ると生かされていることに気がつきます。女性の生理も潮の満ち引きも月に関係しているのです。きっと動物や植物は敏感に月の満ち欠けに気がついているのでしょう。
昨日の礼拝体操は「竹取物語のかぐや姫」の話しをしました。月の都から迎えにくる話です。帝の兵隊たちも、月の人たちの出す威力にはかないません。不老長寿の薬をもらった帝は姫がいないのなら必要ないと一番高い駿河の山で不死の薬を燃やしたところから富士山となったと言います。
ところで、月食についての神話はあまりいい話はありません。魔力や怖い話が多いようです。やはり天変地異は昔から忌み嫌うものだったのでしょうか。
そして、夜空の澄み切った中の天体ショーをパチリとショットしました。
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台湾の合宿に参加する

私が所属する総合ヨガ協会は台湾の沖道ヨガ会と互いに合宿などで交流をしています。台湾のヨガ会の活動は27年を経て、会として大先輩ですが創業者の方々が高齢になり、若返りをはかって順調に来ていますが日本のヨガ協会はまだその途中です。
今回も2年ぶりに秋季営という合宿に参加しました。千歳から台北へ直行便があり4時間のフライトで中華民国台湾に到着しました。桃園国際空港は辛亥革命から建国100年のお祭りで華僑が世界中から帰国をしているので混雑しています。迎えの頼さんは心配そうに入国待合室で待っていてくれました。4車線のハイウェーを一路、台北市に向かいます。左右では新たな高速道路なのかモノレールなのか工事があちらこちらで行われています。
翌日、日月譚(にちげつたん)という観光、リゾートの名所に大型バスで向かうのですがそのお祭りで高速道路は渋滞です。バスの中からは日本によく似た風景を4時間かけて目的地に向かうのですが風光明媚な湖は少し見ただけで、合宿所に吸い込まれました。
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2泊3日の合宿は日本人8人含めて100人以上の参加者でした。台湾の参加者の特徴は若い人が多いこと、体が柔らかいこと、よく笑うこと、規律正しいことでした。前の理事長は仏教に詳しくその哲学を説きましたが今回は哲学的な講義はなく、私たち日本人3名が所々で沖ヨガの考え方を披露しました。80分の授業ですが通訳を入れていますので実質40分で少ない時間です。
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私は3講座担当させていただきました。そのうちの一つを簡単に紹介したいと思います。
台湾と北海道に関係する話しを私のエピソードとして紹介しました。まず20歳の頃、私は探検部に所属していました。今もそうですが探検部は学術探検が主でした。(私は無人島調査というより踏破だけだったのですが)当時は過疎地に向かって古老の話を聞いて生活や文化を聞き出しレポートにするのです。京都比良山の西麓の朽木村や島根県の某地などで活動しました。そしてあるグループは大きな計画を立て、台湾の高砂族、中でもアミ族の文化人類学的な調査しました。(当時のキャプテンは今博物館の偉い人になっています。)古老の話しも高砂族の人たちも今は文化的な生活をしているかもしれませんが50年100年前の生活を知ることは知恵を出してたくましく生きることが生活だったと思います。彼らは私たちの一番身近な祖先です。同じように北海道にもアイヌ民族がいますし130年くらい前から倭人の進出が多くなりました。彼らは冬の寒さを克服するために想像を絶する生活をしていたと思います。食料がない、熊の出没、バッタの大群などで農作物が全滅など初期の開拓は大変だったと聞いています。これは台湾、北海道だけでなく世界中がそうでした。なにも生命強化法などという言葉を使わなくても生活がそうだったのです。そのパワーが私たちにもあることを知りましょうといった具合です。
現理事長の張さんは筋肉もりもりでいてアサナがきれいです。それは努力の賜物です。毎朝4時から2時間のアサナ練習をしています。今回も同行者5人くらいが行っていましたが私は見学だけさせていただきました。
台湾の夜明けは遅く5時頃で真っ暗です。
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台湾はさすが暑く、部屋の中はどこもクーラが効いています。それで台湾の皆さんは長袖のシャツは必携みたいです。食事はパイナップルやトマトがスープの中に入っていたりしていましたがヨガ関係者ということでベジタリアン食でした。野菜、青物が多く何でも食料にできるようです。
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あっという間に合宿が終わり、一人桃園市内のホテルに入り大きなダブルベッドでご満悦です。シャワーから解放され湯船にも久しぶりに入りました。近くのセブンイレブンに入ったのですが商品は当たり前ですが日本の商品はどこにも見当たりません。おにぎりもシンプルなのはありませんでした。しかし日本語通じたのはうれしかった。すごいと思いました。結構日本語を話しする人がいるのです。翌日また頼さんに迎えにきてもらい彼女の新しいスタジオ、道場を見せてもらいました。彼女は今もヨガ会の役員であり、前まで事務局長として能力の高い人でした。その彼女が独立するというのです。がんばってほしいと思います。空港では彼女にハグされ、これからも縁ができそうな台湾にひとまずさよならです。

珍しい果物がありました。名前のわからないものがあります。
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Taiwan6 これは龍眼という果物と柿ですが柿は渋抜きで皮がめちゃくちゃ薄いです。 Taiwan4

薄荷工場見学

北見へ連休中に行きました。時間があったのであちこちと見学をしましたが、圧巻はここで紹介する薄荷工場とピアソン記念館です。どちらもヨガの「生命即神」でいう昔の人の生きるエネルギーが込められています。そして日本の大きな歴史から忘れられた存在でもたくましく生きてきたあかしがここにありました。
まず、薄荷工場についてですが今の読み名はハッカ工場でしょう。工場記念館の係の人は丁寧にたくさん教えてくれました。そして又この小さな記念館に見学者が多かったことも驚きました。
昭和15年頃から今も北海道の大企業のホクレンが北見にはっか工場を作り、戦後間もなくはっかは世界需要の70%を作付けしていたと言います。そして戦後間もなく天皇、しばらくして皇太子(現天皇)が見学に訪れているほど盛況だったのでしょう。ところが貿易自由化や合成品のメントルがあらわれると急速に衰え昭和末期には工場は閉鎖されました。
係の人は外国産のハッカは結晶ができないが日本産は水晶のようなハッカ脳と言われる針状の結晶ができるのが特色だとのことです。この針を食べてみなさいといわれ口に含むと胃腸薬を飲んだみたいにお腹がすうすうします。ハッカの使い道は薬品食品だけでなく、防虫や化粧品タバコやお菓子などたくさんの用途があります。今は当然、原料はメントールです。
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以前にアロマを勉強していたときに植物から抽出される芳香成分は合成品では作れない素晴らしい成分があると教わりましたが、製造単価だけを考えると企業製品は合成物にいくのでしょう。
このハッカを作る農家の数も莫大な土地でこの地方を潤わしたと言います。
写真で見ると農家毎が中間の生成物を作る化学工場のようなものでありました。昔の人はこのように手間ひまをかけて物を作っていたのです。
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北見の土産物店にあるハッカのお土産はほとんど北見では作っていないしまた合成品であると言います。私は工場で北見産のシソから作った本物のハッカを購入しました。そして針状のハッカ脳は車にティッシュに包んで芳香剤にしています。
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